兄のおさがりのゲームボーイは、傷だらけだった。
カートリッジを押し込み、カチリと音がすれば、もうそれで十分だった。
最初に手にしたのは『ポケットモンスター 赤』だった。
モンスターボールを投げるたび、無意識にボタンを連打した。
押せば捕まる、そんな保証はどこにもなかったが、何もせずにはいられなかった。
イワヤマトンネルの入口は、どこか冷たかった。
中に足を踏み入れると、すぐに画面は暗くなった。
「フラッシュ」という技を使えばいいと、後から誰かに教わった気もする。
だがその頃の私は、そんな知識にたどり着くこともできず、真っ暗な中をひたすら歩いた。
何度もぶつかり、引き返し、それでも前へ進んだ。
どこかに出口があると信じていた。
ただ、それだけだった。
メダロット2もよく遊んだ。
敵として現れる「ロボロボ団」は、漫画みたいな格好で笑えたが、油断すればあっさり負けた。
幹部たちの操るメダロットは、どれも一筋縄ではいかなかった。
名前が酒から取られていると知ったのは、ずっと後のことだ。
あのときの私には、アルコールの匂いすら、まだ遠いものだった。
白と黒しか映らない、小さな世界。
擦れたボタンの感触。
カートリッジを抜き差しするたび、どこかへ旅立つような気がしていた。
あの頃は、何も持っていなかった。
だが、確かに何かを握りしめていた。
──いい時代だった。
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